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十五夜夏月様2014
どこまでも広がる青い空の下で、無機質な液晶に手を触れる。
人にやさしく触れる機会の無い指先が、どこまでも柔らかく画面を撫でる。
別れというにはあまりにも一方的で欺瞞と取り繕いに満ちている文面。
綺麗にうやむやにしたい、そけだけが込められたメール。
まるでそれは遺書だ、と夏村懐(なつき)は思った。

死ぬと決めたあの日から、いったいどれほどの時が流れただろうか。
笑顔は廃れ、涙は溢れ、周りの人々は笑っている。
毎日が死ぬにはとてもいい日で、だからこそ今を生きている。
死ぬと決めて、だけど死ぬ前に片付けておきたいことが次々と起きて、そうして死にきれないまま今日がやってきた。
それは仕事であり、生活であり、交友である。友人の結婚式や、汚れた部屋、逃げると他の人に迷惑のかかる仕事。
くだらない、そんな自分とは本質的に関係のないことが、すがるべき逃げの理由だった。

人は、簡単に死ぬ。だからって、簡単に死なない。簡単な理由で、死ねなくなる。

天気予報では曇りだったのに、空はどこまでも青くて、羨ましいほどの熱がこもる。
何が熱くて何が寒いのか、もう懐にはわからなくなっていた。ただ、自分の眼だけは冷めていると、それだけは確信していた。
零れた独り言は、誰に向けた言葉でもない。だが、誰かに聞いてほしくて吐いた言葉だ。悩みも恨みも誰にも届いていない気がするから、零した言葉だ。
「そろそろ、いい加減死なないと、な」
地獄の本質は報われない処にある。決して報われることのない此処が、誰しもにとっての地獄であった。
ありがとう、そしてさようなら。
今日は、とても月が綺麗な日です。だから、大好きです。
死ぬには、とてもいい日だった。


十五夜夏月様2014



懐は茶番のような世間話が嫌いだった。とっとと本題入れって考える小さい人間が夏村懐という男だった。
「夏村さんに、報告があんねん」
「どした、織姫さん?かしこまって」
惰性みたいなくだらないサービス残業の帰り道、同僚である織姫さんの言葉で立ち止まった夏村懐は未来を見た。ああ、たぶん嫌な報告だ。きっと聞くに堪えない幸せな報告だ。
付き合っている人ができた。それはきっと後輩の佐藤くんだ。
「わたし、付き合っている人ができたんよ」
「そっかー、おめでとう。よかったやん!」
自分の精いっぱいの空元気を込めた笑顔の言葉、まるで早押しクイズのようだと、懐は思った。だけど、少しやりすぎた。ほら、夏村懐からの好意に気付いている織姫さんがむしろ動じてしまっている。
だが男のプライドが許さない。たとえ見苦しくびっくりした素振りを見せなければいけない場面だったとしても、それだけは絶対にしてやらない。
先手を取り続けろ。暴発寸前の惨めさを言葉にしてしまわないよう、別の言葉、ポジティブな祝福の言葉を続けるんだ。この、茶番を前に進めるんだ。笑顔でこの場、別れるためだけに。
次は少し掘り下げて聞く。言いにくい話だというポーズをとりたい織姫さんは、多分こちらから聞かなくては言葉を続けない。
聞かれたから、答える。少し前に振って捨てた人間を、傷つけない為に。自分から男の心を刺すような言葉を、いい女は吐かないものなのだ。
誰が決めた?知ったこっちゃねー。そんな織姫さんのやさしさは、誰に向けたものなのか。正直に傷つけることを言うのがやさしさなのか。えっと、やさしさってなんだっけ。でも、だから、ならば、そんな冗談みたいなやさしさを達成したかのようにしてあげよう。茶番の綱、渡りきれ。
誰と、いつから、どっちから。焦るな、畳みかけるな。自然な言葉だけを、慎重に綴れ。
「…良かったやん。相手って、おれの知ってる人とか聞いていい?」
まあ、後輩の佐藤君だろうけど。
「うん。夏村さんの知っている人」
確定。後輩の佐藤君です。しかし、まだ名前は出ないか。それはまるで、決して差し伸べてくれないりんごのようだ。籠にあるから取りたければとれ。決して差し伸べることはしないし、邪魔もしない。
これは、別れ話なんかじゃないし、厳密にいえば振った振られたの話でもない。
赤の他人が織りなす、なんかどうでもいい話だ。…つまりは、どうでもいい日常だ。
「佐藤君?」
「……うん。なんでわかったん?」
答えはいつだって神のみぞ知る。君のこと見てたから、とか言えばいいのだろうか。わっかんねー。夏村懐には、正解が何なのかわからない。ただ、最後の尊厳を保つためには、決して本音を晒さず、この茶番を渡りきることだ。
「なんとなく、な」
夏村懐は、織姫さんが好きだった。辛いときに相談に乗ってくれた、励ましてくれた。たったそれだけのことが、地獄みたいな自殺願望に押しつぶされそうにな日々の中で、眩しすぎる夢のようだった。
たとえ相手がそういう風に夏村懐という男を見ることがなかったとしても、思う気持ちに変わりはなかった。
実際、自分みたいなクソに女を幸せにする甲斐性などないのだから、素直に幸せになってほしいと思う気持ちにも嘘はなかった。
「よかったやん、ほんまに。おれは今こんなザマで、仕事とか辛くてヘコみまくってたけど、そん時に織姫さんに励ましてもらったから頑張れた部分があって、せやからホントにうれしいわ。幸せになりや」
最後の言葉は少し言い過ぎたか、まるで寿退職するみてーだと懐も自虐する。
「うちが派遣から、正社員になれた時、夏村さんが助けてくれたおかげやし。色々と話も聞いてもらえて、うちもほんとに嬉しかった。あんだけ本音で話したのも、たぶん夏村さんだけやし…」
ああ、切り上げてぇ。がんばれ夏村懐。それから暫く話をした。ちょっとだけズルい言葉も残して、最後に彼女は泣いてくれた。女の子はずるいなーとしか思わなかった。
だから別れた後、夏村懐は心から死にたいと思った。


*


織姫は、自分の卑怯さに嫌気がさしていた。
夏村さんのことは嫌いではない。今でも友達だと思うし、いい人だとも思っている。
ただ、心が折れている情緒不安定な人を、隣のオプションとして考えることはどうしてもできなかった。好意が、愛情に直結するわけではないのだから。
これまでも脈が無い自分に後ろめたさはあったが、それでも彼から誘いがあると、たまに二人で呑んだりする仲だった。楽しかったのもある。でも、それ以上に、簡単なきっかけで投げだしそうな彼の大事なものを、繋ぎ留めておきたかったからだ。
命を。
男に抱かれながら自己嫌悪で押しつぶされそうだった。いっそこの胸で押しつぶしてもらいたくて、また男にしがみつく。
それがただの愛情表現にしかなっていないとしても、抱きしめる意味はそこにあったし、その日、抱きしめてもらいたいと思う意味もそこにあった。
まるで祈り、鎮魂のようだった。慰めの本質そのものだった。
自分が流す涙が誰のためのものか、織姫もわからなかった。
それでも明らかに心が折れている人間に、あえて茶番のような酷い仕打ちができた理由はある。そしてそれこそが自己嫌悪の本質であり、卑怯な鬼畜の所業そのものだからである。
彼は、これで暫く自殺しないだろう。なぜなら、彼は優しい人だ。そして、プライドの高い人だ。
だから、こんな「女に振られた」みたいに思われるタイミングで死んだりは決っしてしない。
涙がまた零れる。
これぞ女の涙だと、織姫は自覚していた。
まるで誰かのために泣ける自分が、誰かのために泣ける自分が人でなしではないかのように、アピールする為に流す涙。
どこまでも濁った涙を、織姫は男の胸に押し付ける。
一緒に汚れてほしいから。


**


歩き出そうか どれだけ辛くても
素直に歩いていける奴になろうや
夏に魔法が解けるみたいに ほら
自分である事をまず誓おう さぁ

本当の自分なんてただの本能だから
あなたの心・体に 技を後出しして
過去はもういい 今日 この場から
そんな寒い言葉だけなら相当馬鹿だ

人は失っても歩きだせる だから悲しくて
永遠に思えても 簡単にあなたなら死ぬぜ
見て見ぬふりなんて 本当に本当に簡単で
目の前の死神がまた速攻に殺しにかかって

狂おしいほど納得がいかないことが山ほどあった
それでもまだ人生が続く限り 人はまたここから
キミをお前をあなたを許す許さないとか争うなら
何も変わらない だけどひとりならそうじゃない

人は他人が死んでも生きていて
誰かの為に泣ける様な君で居て
そんな残酷な言葉が染みてきて
また笑って途切れぬ死に滅入れ

夏は夜 月の頃は更なり
まずはそう、月の様な貴方に
彼方に届く言葉よりも胸に刺さる言葉を
新たに殺す孤独よりも君にわかる言葉で

愛を伝えたい
貴方が好きだから
誰よりも何時よりも
今日が一番綺麗な月だから

一番きれいな月の日に
独り言では届かない君に
今日こそ言おう、身違うような喜劇のように
今日は一段と、月が綺麗ですね


だって、十五夜ですから



***



夏は夜。月の頃は更なり。
月に少しでも近づきたい本能が、夏村懐をビルの屋上に誘っていた。
月は今日も綺麗で世界を暗く光差す。
月は今日も醜くて今日も世界を見下ろし嘲笑う。
陽はまた繰り返すように
月また沈み、月がまた顔を出す
昨日と少しだけ表情を変えた月が、笑う。
それが些細な日常で、人が泣き、笑うこととなにも関係がない。
つまらない繰り返し。何も変わらない日々。死んでいることと同じ、死への暗示。
人生に物語なんてものは何もない。すべての偶然は広い世界で言うところの必然で、人があなたが私がそれを知らないだけだ。
死はそこにある。
生きることは死ぬことだ。何時だって命は緩やかに死んでいる最中で、かと思えば次の瞬間に死んでいる。
真新しくもない、本質だ。
だから命を繋ぐことが人の本能であり、命を繋ぐことをしない人に生きている価値はない。まさに死んでいるも同然だ。
だが、繋がれた命であることも事実。

夏村懐は今日も死んでいた。きっと明日も死んでいるしこれからも死んでいることだろう。
金もないし女もいない。友達はいるけど少ないし、結婚したり転勤したりで暫くあっていない。
SNSとか嫌いで連絡もろくに取っていない。
人は一人でも生きている、それを体現しているかのような男だった。
どこにでもいる、ありふれた男だった。
起きているように死んでいる人たち。生きているように死んでいる人たち。
何も変わらない。



夏村懐に物語は無い。
ただ有り触れた日常の中で、気のふれた男の日常。
今宵、何時よりも美しい空の下でも、男は前を向く。
男はひとりだった。だから、その表情を見た者はいない。
届かない月を見上げる真似も、もうしない。
さようなら、零れた別れの涙が月の光で煌めいて。
でもただ、それだけだった。
そして男は昨日までと同じ歩幅で、また一歩を踏み出す。
空で、昨日と同じはずの月が、違う姿を見せているように。
同じ一歩でも意味が違う一歩を、夏村懐は踏み出した。



だけど決して、月には届かない。
届かないんだ。





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2014/09/08(Mon) | 小説・十五夜夏月様 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
十五夜前夜
お久しぶりです。
先ほどまで小説っぽいものを書いていました。
リアルタイムに追いかけている人はもういないのかもしれませんが
それでも通すべき筋として今、予約投稿しました。
十五夜夏月様2014、明日の18時に更新致します。

描いたのは一人の男の下らない日常です。
死んでもいい人間の、死んでどうなる、みたいな話です。
嘘です、ただのフィクションですよ。

ただ、今こめられる思いは重ねたつもりです。
恐らく確実に「空中楼閣EX」であげる小説としては、これが最後になるでしょう。
また、次のブログの準備ができたら更新しますが、現状を踏まえ
祈りとか願いとかの先にある暗いものを徹底して詰めました。
そして、それがわからないように書きました。
あとがきで意味の付与することを書いてもいいし、
恐らくそうするべきなんでしょうけど、やりません。

全て委ねます。

決して面白い話になったとは思いません。
技巧もくそもないし、実際に今のおれ自身が、ろくでもないぐらいに折れています。
そんな状況で、書けるものなんで知れています。

ただ、書けてよかったと思います。


大筋はここ一週間、特に昨日に吐きそうな体調で街をふらふらしていながら考えました。
出た結末は一年間、いえ二年間放置してたどり着いた答えといってもいいです。
物語ならば、辛いことを乗り越えた先に、いいことが待っています。
でも人生にそんなことはありません。チャンスも取りにいかなければつかめません。
そして、そこまでわかっていても取りにいかない人がいます。
それでも、生きている人がいます。
辛かったことが沢山ありました。
そしてこれからもきっとあることでしょう。
それでも、過去と現在と未来と。
出会いと、別れと。願いと、答えと。
感謝の気持ちだけは忘れずに、自分をこれからも責めていきたいと思っています。

それでは、十五夜夏月様2014、よろしくお願い致します。
そして、「悠久を謳う心電図」でお会いしましょう。
そこでは、落ちた投稿小説とHIPHOPな活動を更新する予定です。



決してこれが最後の更新では無いのですが、
きっとまた凄く自分の時間がとれない日々になると思うので今のうちに。

ホント、今日しか書く時間なかった・・・。嗚呼、書けてよかった。。。

2014/09/07(Sun) | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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