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そして、次のごっこ遊びへ
ありがとうございました。
そしてさようなら。

これにて空中楼閣EXは落城にございます。
既に言いたいことはこれまでの更新、特にこの記事で言い終えているのですが
これまでお付き合いいただいた方に感謝を込めて、サイゴノご挨拶に参りました。

まあ更新終了の一番大きい理由は
「次にやりたいこと」「やるべきこと」に於いて
過去の言葉に対する責任とかが凄い足かせになる
だから一度リセットしよう、というところにあります。

新ブログについては、実は既に仮公開されており
ヒントも過去に明示したりしなかったりしているのですが。

とにかく、空中楼閣EXについてはこれでおしまい。
もしかしたら裏ブログ扱いでほそぼそと言いたいこと呟いたり
宣伝の意図でちょっとだけオマケみたいな更新があるかもしれませんが(未定!)
これからもお付き合いいただける方は
新ブログ「悠久を謳う心電図」にて
よろしくお願い申し上げます。

名前も変えて再スタートを自分のペースでやろうと思います。
ですので、引き続きご愛好いただけるスキモノの方には
どうか「空中楼閣EX」の話は触れぬよう頂けましたら幸いです。

それでは暫定状態のものではありますが
以下に新ブログのリンクをば。



悠久を謳う心電図



オリジナル、あります、やります。
その為に、ここを閉じるのです。
…年内には始動したいと考えています。

(リンク及び新ブログに関する情報はどこかで予告なく削除致します)
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2015/02/23(Mon) | 日記 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
EXTRA -CUTTING- EDGE THE LAST DIARY
まさかというか当然というか
日記が更新の半分を占めてました。

まぁ感想以前のものとか年末更新のアレとか
綺麗にカテゴれんやつまで含んでいるので
そんなもんかもしれませんが。
そりゃあ日記と感想って案外表裏一体ですものな。

そういうわけでだーっと読み返してたんですけど
まあ病んでる期間の長いこと。ていうか病んでない時が少ない。

しかし個人的に昨日のように思い出せる地獄の日々が
実は年単位で昔の話とかでびっくりなわけですが
ああ確かに辛いわ。これは人生アルティメイタムだわ。
二週目じゃないとムリな難易度だわ
強くてニューゲームしたい。もしくはTASさん助けてほしい。
いや、もはやRTAは名乗っていいんじゃないかな。

なんだかんだで地震前後が境目のひとつ(全てではない)んですが
そうやって考えると、いまだに3.11の爪痕の上にいる方たちは
本当にかける言葉もないというか
神戸の時には当事者としてガキながら感じていたことですけど
「あの時のきれいごとはどこいった」って感じですよね。
もう少し怒りを面に出さないといけないのか。もっともっと。
怒りは自虐。傷を負う覚悟がつまり行動に直結。
動かな。

いやいや2011とかの話違ったわ
その前も手術したり入院したりしてたわ
なにこれ。報われない人生すぎんだろ。

そんなこんなで以下は日記セレクション
読み返しててほんとに心折れた苦笑
特に学生時代のはなんか読めないわ、辛くて今が。

しかしこいつ、最後の2行で明後日のボケかまして
うやむやって手法使いすぎやろ。。。

そんな感じです。



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2015/02/16(Mon) | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
EXTRA -CUTTING- EDGE 終わりを告げる四季
うちのブログでは、いくつかのルールがあります。
無意識のものも多く、それらはスタンスという言葉で片付けられます。
そんな中で、はっきりと明言したルールのひとつに
「オリジナルな物語は書かない」というものがありました。
それは、ああいう「言いたい放題」してる人間が、どのツラ下げてってのも大きいです。

粗を探すような言葉遣いをしているヤツが
「粗探ししないで楽しんでネ」なんてとんでもない
そんな感情的なルールです。

しかし結果として、そのルールに(オレの中では)抵触しない物語がありました。
それがつまり以下のふたつ。

・小説・七夕牡丹餅 (8)
・小説・十五夜夏月様 (7)

物語ではない小説。
しかし駄文と呼ぶのも少し違う。
ネットの海に沈むにふさわしい散文。
花の散るらむ。


思いっ糞に自己投影しまくっています。
飾りたい自己嫌悪を織姫に、隠したい自己嫌悪を懐に。
それぞれ込めたり込めなかったり、ふざけたりしています。
楽しくはなかったし、結構ダメージ負いながら書いてもいました。
でも書き上げたら、やっぱり楽しかったなって思えるものでした。

この二つの小説は、このブログの集大成であり、
残りカスのかき集めでもあり、エピローグでもあります。
リバースでもあります。ダブルミーニングとして。

ありがとうの気持ちを込めたものでもあります。

気持ちが上がらなくても、顔だけは上げると決めた織姫と
気持ちも顔も上げないけど明日も生きていく懐と
そこに込めたのははっきりと自殺願望でした。
死にたくないから死をオモい、死にたいからこそ今日を生きる。
そんな優しさがあってもいいじゃないかと。
直球ではないからこそ、この変化球が
読んでくれた人のミットに収まっていてくれれば
これ以上の幸いはありません。


弱い人間の強さ

たぶんおれはそれが書きたいんだよ。
2015/02/09(Mon) | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
EXTRA -CUTTING- EDGE 永遠の人間
色々なことを考えるのは良いことです。
正しいとされる事を否定する力はそうでなければ身に付きません。

うちのプログで、一時期「オーバー十代語り場」というカテゴリを
それなりに頑張っていた時期がありました。
ただ、今回はそこに書かれたことを振り替える真似をしません。

したくありません。

へたくそな文章、ところどころ接続や文脈の狂っている
技巧的な意味で耐えられない過去であることもひとつの理由です。
しかしそれ以上に、あの時の気持ちを今も同じなんて言葉で語りたくない。
絶対自己矛盾、齟齬が発生する。それは嫌だ。
あれはただ、正しいを否定する、それだけの願望に過ぎないのです。
ふざけるなの感情を呼び起こす、それが全てです。

それは体罰を望まぬ、気持ちの整理であり。
スポーツを始め戦っている人たちへの敬意の姿勢でもあり
なによりも「人を後ろ指さす人を後ろ指さしたい」スタンスそのもの。

たぶん、それらは「素直」という言葉に集約されます。
ノイズのような雑音、大声あげるものに身を委ねない。
ただ、自分の感情とかそういうのを汚されたくない。
だから否定しなくちゃ。

少年はいつしか大人になって
戦える強さとかが何なのかわかってきて
他人がそこまで他人に興味を持たない環境を知ってそして
間違ってなかったと気が付く瞬間のように。

たぶん、このカテゴリをちゃんと整理すれば
自己啓発とは少し違う、むしろ正しい意味で宗教に近い
そんな綺麗な言葉で論理武装固めることができると思います。
「あの記事でいいかったことはね」って解説できます。
ですが、それじゃ意味がない。

未完成だから、否定しやすい言葉で書かれているから
感情的だからこそ価値がある。
それはコミュニケーションの原点のようなモノです。

ならばこそ、記念碑にパンフレットでコメントを遺すような真似をせず
ただひたすらに墓標として飾ろうではないですか。ないですよ。
そんなたいそうな話ではありません、
他の時自分は若かった、なんて話でもありません。

ただ、ひとつの考え方として、
心の奥底でどうか濁っていてくれればと、そんな願い。



他の記事とは少し違って、たとえ一方通行だったとしても
あれはコミニケーションのひとつです。
言い訳ならあの瞬間が全てで、あとになって女々しく足すものではありません。

ただどこか。
優しさは誰にも負けない。
だからどうか。
優しい人間になれますように。


全てはそんな願いに基づくものなのです。
申し訳ありません。
2015/02/02(Mon) | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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