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歯車は軋軋と音を立てて明りを灯して、折り返して
シグナルという小説を読みました。
関口 尚という方の映画館を舞台にした小説です。

爽やかな読後感を始め、始まりから終わりまでの
総てが非常に映画的な物語でした。
これでもかと物語でした。
優しい人たちが理解されて報われる、そんな素敵な物語でした。

そして、悲しいまでに映画的な物語でした。



この物語は悲惨なまでに、〈物語〉というテーゼに縛られた物語です。

それはミステリアスで在るが為に不幸な罪で罰を背負ったヒロインにも言える事ですし、
そんなヒロインを理解できる人間であるが為に不幸な過去を知る主人公にも言える事です。
そしてヒロインにミステリアスを与える為に、
不幸な狂人の役回りを請け負った存在にすら言える恐ろしい話です。

紐解かれていく物語が描く世界に、
必然という奇跡が重なれば重なる程に。
そこまでのそれほどの物語がなければ、
人は幸せになれないのか。 なってはいけないのか
ひとは幸せを実感できず、納得を覚えないのか。
ラストシーンが映画的でなければ、本当にその物語には喜びはないのか。

あなたは。

そんな黒い感情が心を支配していく。


描かれている物語に、さして真新しい世界はありません。
言ってしまえば、男受けのしそうなヒロインを主人公が陥落す、それだけの物語です。
そこに安っぽい狂人が絡んできて、ドラマチックに対決の構図を演出する。
本当にそれだけの物語だと断ずる事が出来ます。

そんな男女の世界がどれだけあるんでしょうか。
それが本当に皆が憧れる物語なのでしょうか。
それを本当に幸せと言えるのでしょうか。


この物語は非常に爽やかな読後感が背中を押してくれる、
そんな爽やかな余韻を残して幕となります。
しかし本質的には、物語のお人形さんが、
確定していた理解による幸せに到達したに過ぎません。
彼らは善意や優しさに踊らされただけなんです。

描かれた不幸は、本当に彼らが幸せに至る為に必要な試練だったのか。
こんなにも優しい人たちが優しさに届く為には、辛い心の傷が欠かせないのか。
本当に罪深いのはどこのあなたなのか。


この物語を非常に映画的な物語だったと片付けるのは簡単です。
だけど本当にそれでいいのか、ちょっと待ってほしい。
これは非常に切ない物語です。
そこにいたるまでの総てが作為的で物悲しい物語なんです。


叫べばそれで発散されてしまえばそれでいいのか。
どうにも違う気がする。
それでも彼らが笑えている結末を、
喜びと呼ぶのが作法なのか。

奇しくもそれは、優しい生き方ほど辛いものはないという
テーマにも帰結する感情で、だからこそ余韻ひとつに誤魔化してはいけないと思うわけです。


これはとても安い物語です。
それは負の感情からの言葉選びではなく、
ひたすらにお手軽な物語だからです。

まさに歯車を見ているようで、だからこそとても切ない物語構成でした。

とても、いい本だったと思います。
映画化も納得の完成度を誇っています。

総てに意味があるからこそ、登場人物が人形のようで、見ていて切なさが溢れて漏れる。



シグナル。 とても、いい本でした。
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2011/11/30(Wed) | 雑感ごった煮 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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